大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松地方裁判所 昭和44年(行ウ)6号 判決

原告 塩田順一 ほか六名

被告 丸亀税務署長

訴訟代理人 岸本隆男 藤田孝雄 ほか三名

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一  請求原因1および2の事実ならびに3の事実中、亡塩田の死亡および原告らが同人を相続した事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、本件課税処分に亡塩田の当年度分の所得を過大に認定した違法があるかどうかについて判断する。

1  確定申告時の計算額として被告が主張する別表記載の数額は当事者間に争いがない。

2  別表記載の被告主張の所得内訳中、収入金額、外注費、動力費、通信費、修理費、保険料、減価償却費(特別経費)、利子割引料および専従者控除額については当事者間に争いがない。

3  別表原価項目中材料費について検討する。

この材料費については、原告らは材料費の他に補助材料費を別個独立の項目として計上、主張しているが、確定申告時には材料費のみを計上していたのであり、被告も一括材料費として主張しているので、ここでは一括材料費として扱うこととする。

元来、所得金額の算定にあたつては、可能な限り実額調査に基づいてこれを算定するのが原則であるが、納税者において所得金額の実額を把握するに足る帳簿その他の書類を備えつけておらず、他にこれを明らかにする資料の提出もみられない場合には推計方式を採ることが許されるものと解すべきである。

そして、亡塩田が確定申告時に計上した収入金額に対する材料費の割合を原告らが主張する収入金額に乗じて当該材料費額を推計する方法は、特別の事情のない限り合理的なものと認められるべきであり、また、その基礎となつた数字は亡塩田の計算や原告らの主張によるものなのであるから、かりに右結果が真実の材料費額に合致しないとしても、それが原告らによつて立証されるまでは、右計算方法による結果たる額をもつて正確かつ正当なものとしなければならない。

従つて、全証拠によるも右立証がなされたとは認め難い本件では、被告主張類をもつて亡塩田の材料費額とする。

4  別表経費項目中、原告らにおいて確定申告時の計算額を争う項目について検討する。

課税処分の取消訴訟においては、所得金額計算上の消極的事由である必要経費の立証責任の帰属が問題となるが、経費も所得算出の内容をなす以上、その存否および額の立証責任は、原則として、処分の適法性を主張する被告課税庁側にあるものと解すべきである。しかしながら申告納税である所得税にあつては、納税者においていつたん申告書を提出した以上、その申告書に記載された所得金額が真実の所得金額に反するものであるとの主張・立証がない限り、その確定申告にかかる所得金額をもつて正当なものと認めるのが相当であるから(最高裁判所昭和三九年二月七日判決、税務訴訟資料三八号六七頁参照)、右趣旨から考えると、被告が確定申告時の計算額を認めている項目については、例外的に、原告らが右計算額が真実に反するものであることについて主張・立証責任を負担するものと解するのが相当である。

以下、右の観点から各経費を考察する。

(一)  公租公課について

〈証拠省略〉によれば、乗用車につき被告調査額を二、〇〇〇円上回る一万七、〇〇〇円の自動車税を支払つた事実が認められるが、もともと被告は公租公課の合計額が三万八、五〇〇円であるのを原告らに有利に確定申告時の計算額四万一、八〇〇円と認めたというのであるから、この程度の立証では確定申告時の計算額が真実に反するものとは認め難く、他にこれを首肯するに足る証拠はない。従つて、公租公課については前記申告額を真実のものと認めざるを得ない。

(二)  旅費交通費、交際費、修繕費、消耗品費、福利厚生費および雑費について

〈証拠省略〉および弁論の全趣旨を総合すれば、右各経費についてそれぞれいか程かの支出があつたとの事実を認めることはできるが、その各支出が確定申告時の計算額を上回るとは右証拠からは到底認めることができず、まして右各項目につき原告ら主張額を認めるには足りない。従つて(一)同様前記申告額をもつて真実のものと認めざるを得ない。

(三)  組合負担金について

〈証拠省略〉によれば、亡塩田は、香川県建設労働組合中讃支部および丸亀民主商工会に加入して合計四万六、五六〇円の負担金を支払つた事実を認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。従つて原告ら主張額をもつて組合負担金と認める。

(四)  運賃について

原告らは運賃として一二万円を主張するが、〈証拠省略〉からは到底一二万円も支払われたとは認められず、かえつて〈証拠省略〉ならびに弁論の全趣旨を総合すれば、運賃としてはトラツクチヤーター料三万円を認めることができるにとどまり、他に右認定を覆えし、原告ら主張額を認めるに足る証拠はない。従つて原告ら主張額のうち三万円を運賃と認める。

(五)  広告宣伝費について

〈証拠省略〉によれば、亡塩田はその営業に関し新聞や興信所の情報誌に広告を掲載していた事実を認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。そして、その額については、直接これを裏づける証拠は見当たらないが、昭和四二年当時の亡塩田の板金加工業者の広告宣伝費としては、〈証拠省略〉から窺われる、亡塩田の営業規模、営業地域等を考慮すると、原告ら主張額三万円は社会通念上妥当な額と解することができる。従つて三万円をもつて広告宣伝費と認める。

(六)  販売手数料について

原告らは販売手数料として三二万六、五五〇円を主張し、〈証拠省略〉によれば、集塵装置取付工事を紹介してくれた得意先の業者に対し右工事金額の約五ないし七パーセントの金員が手数料として支払われていた事実が認められるがそのうち訴外山内機械株式会社に支払つたとされる訴外上池木工所の紹介にかかる手数料四万円については、〈証拠省略〉に徴しにわかに認めることができず他にこれを認めるに足る証拠はない。さらに、その余の手数料についても、〈証拠省略〉によると工事代金の五ないし七パーセントとして一円単位の端額にいたるまで支払われた旨の記載があるが、得意先の業者に対し一々厳密に計算してそのような端額まで支払つたとは、取引通念からはにわかに肯定し難いものがあり、〈証拠省略〉もこの間の事情を窺わせるものというべきである。

従つて、以上の諸事実を総合勘案し二八万六、〇〇〇円の限度で販売手数料を認めることとする。

5  別表経費項目中、減価償却費(一般経費中の減価償却費。以下、本項においては単に「減価償却費」という。)および雇人費について検討する。

右両経費については、原告らはいずれも確定申告時の計算額をそのまま主張し、被告はこれを否認している。従つて、右両経費については、前項4記載の原則にたちかえり、被告がその存否および額について立証責任を負うものである。

以下、右の観点から両経費を考察する。

(一)  減価償却費について

〈証拠省略〉ならびに弁論の全趣旨を総合すれば、まず、原告らが挙げている減価償却資産には、昭和四二年一二月二二日に九万五、〇〇〇円で取得された計算機が脱落しており、右計算機の当年度分償却額は、定額法によると一、四二五円であること、次に、被告の調査の結果、原告らが前記資産として挙げている乗用車(マツダフアミリア)は年度の中途である昭和四二年五月一五日に五二万円で取得されたことが判明したが、被告は、原告らが右乗用車について算出した償却額(八万〇、六七六円)を昭和四二年五月政令一〇五号による改正後の所得税法施行令一三二条により修正するにあたり、右取得額を五六万円、業務の用に供した時期を昭和四二年四月と、それぞれ原告らに有利に認め、結局、右乗用車の償却額を六万〇、五〇七円と算出したこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。従つて、原告ら主張額のうち右乗用車の償却額八万〇、六七六円を六万〇、五〇七円に置き換え、前記計算機の償却額一、四二五円を加算した被告主張額四三万一、五一七円をもつて減価償却費と認める。

(二)  雇人費について

〈証拠省略〉ならびに弁論の全趣旨を総合すると、官本勇に対しては外注工賃として八万二、四三〇円が支払われ、右は外注費中に計上されたものと認めることができる。この点に関し、宮本勇は常雇いで同人に対しては給料として二〇万一、六〇〇円が支払われた旨の〈証拠省略〉があるが、〈証拠省略〉および原告本人塩田順一がいずれも述べるように、右両名は、亡塩田のもとで働いてはいたが昭和四二年当時の経理には一切関与しておらず、また経理に関し正確な知識を持ち合わせていなかつたものであり、さらに、〈証拠省略〉は亡塩田の不確かなメモを基礎に原告塩田順一が、同人の本件尋問期日の前日に、事務員に作成させたにすぎないものであることが認められるから、これら各証拠はいずれも前掲の各証拠と対比してにわかには措信し難く、他に前認定を覆すに足る証拠はない。

従つて、雇人費は被告主張額二〇〇万九、四〇〇円とする。

三  結論

以上の事実によれば、亡塩田の当年度分の事業所得金額は二三四万二、〇六三円となり、本件課税処分の認定額を超えることは明らかであるから、右認定額が過大であるとする原告らの主張は理由がない。

よつて、原告らの本訴請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 村上明雄 山口茂一 生熊正子)

別表〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例